SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

02
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
--
>>
<<
--

寄稿文 カナダ - 日本

<< 赤道直下で迎えた春分の日 | main | 都会もんの憧れの地「隠岐の島」、三度(みたび)の旅 >>
時の流れ
0

     
    トロントの女性グループ発行のエッセー集「華やぎ」

                     2012年夏号


          華やぎ2012-7
     

    今回の表紙は、6月10日にトロント日系文化会館で開催された
    トロント日本映画祭に出品した『レオニー』の上映にあたり、
    イベント開催にご協力下さった日本女性たちを集めての
    パーティーでのグループ写真を使用。中央が松井監督。

    (写っている全ての女性が「華やぎ」の会員ではありません)



    映画『レオニー』とその監督である松井久子さんを「トロン
    トにお呼びしたい!」と言う熱病のような想いに絡まれて
    から一年半。


    バラル博子さんを始めとする、日本からの女性移住者たちの
    多大なるご協力のもと、映画の上映はもとより、すべての
    イベントが無事終了したのは
    6月半ばでした。

    以後、少しは身が軽くなったかと思ったもの、押せ押せに
    なっていた私的な雑用を済ませながら、休む暇なく始まった
    のがセクシュアル・マイノリティ関連の諸々のことでした。


    お気付きの人も多いかもしれませんが、アメリカのオバマ
    大統領、バイデン副大統領が、この春同性婚を認める発言を
    したことで、最近は今まで以上にゲイの人々に関する各種の
    話題がメディアを賑わすようになっています。

    私はカナダで唯一人、セクシュアル・マイノリティに関する
    日本語の本(カナダのセクシュアルマイノリティたち 教育
    史料出版会)を
    2005年に上梓し、それがネットにも載ってい
    るため、何かあると日本から連絡が来ることが多いのです。


    しかし私は、大学やその他の研究機関などで、いわゆる「マ
    イノリティーの研究」を継続しているスカラではありません
    から、その後本の執筆当時のように、関連の動きに
    360度神経
    を張り巡らせてはいません。

    とは言うものの、常に「少数者側の話題」には敏感で、関連
    のニュースを集めることに力を注いではいます。それは取り
    もなおさず、私自身がこの国に於いて「少数者側」にいるか
    らにほかならないでしょう。

    さて、今年のトロントにおけるゲイパレードの時期に、日本
    からの訪問者がいらした中でのハイライトは、性同一性障害
    を克服して男性から女性になり、現在世田谷区の区議員に
    当選し大活躍している上川あやさん
    http://ah-yeah.com/index.html)と、女性から男性になった
    彼女のパートナー、山路明人さんとの出会いでしょう。

    華やぎー2012-7

    お食事を共にし、またピンクトライアングル(ゲイの子供
    の為の高校)の卒業式にご一緒するなどの接触の中で感じ
    たことは、「何と真摯なお二人であることか!」という思
    いでした。


    人は自分が苦しむことで、苦しむ人の思いを共有し、その
    人と同じ目線で物事を見ることが出来るようになるのだと
    しみじみ感じました。


    あやさんの幼児時から感じていた心と体の不一致感で悩み
    抜いた記録は、彼女の著書「変えてゆく勇気」(岩波新書
    )に克明に記されています。

     華やぎ2012-7                 

    もちろん性同一性障害と、LGBTlesbian, gay, bisexual ,
    transgender
    )とは微妙に違うのですが、両方とも
    セクシュアル・マイノリティと言う意味では、多くの
    類似点を見ることが出来るのです。

    私は、拙著のために取材を重ねていた時に訪れたピンク
    トライアングルの卒業式(
    2003年)に今回あやさん達と
    再訪し、また、その数日後、今度は東京からの
    M新聞の
    記者を連れて通訳として学校見学に同行した際に感じた
    相違点は、それ程大きなものではありませんでした。


    しかし、記者がインタビューした数学担当の
    A先生の一
    言には「時の流れ」を痛感せずにいられませんでした。

    いわく「その子供が、どういう環境のバックグランドから
    来たかによって異なりますが、今は、裕福な若い白人の
    子供の間では、ゲイであることは『
    cool』と受け取られて
    いるのです」という一言でした。

    そう言えば、去年トロント在住の若い数人のゲイたちが
    「今はゲイであることは何も隠すことではなく、堂々と
    カミングアオウト出来る時代だ!」と写真と共にある
    メディアに語っていた記事を思い出します。

    1967年には、ゲイであったエヴァレット・クリッパー氏
    がカナダの最高裁判所で「最も危険な人物」として刑務所
    に送られた時代から見たら何と言う違いでしょう!

    そして、一歩また一歩と自分たちの権利や人権を守る
    ために、トロントのダウンタウンにあるオンタリオ州政府
    の建物の前でデモをしていたのを何回も取材した私としては、
    「小さなさざ波が大きなうねりになる」とはこういうことか
    と、まるで生き字引にでもなったような気持ちで、移り行く
    歴史の流れというものをこの一言で実感したのです。

    しかし一方では、やはりM新聞の記者と訪れたPFLAGLGB
    T
    の子供を持つ親のサポートグループ)の集いでは、約10
    の歳月の後でも、流れ行く社会の動きとは関係なく「当事者
    たちが持つ悩みに変化はないのだな」と言う思いに駆られ
    ました。

    当夜は、10数人のLGBTの若い人々と、そうした子供を持つ
    親たちが集まっていましたが、
    AIDSを心配する親心、将来の
    就職でハンディを負うのではないかという不安や心配、
    はたまたこれは男親に多いのですが、子孫を残せないという
    苦悩に変化はありませんでした。

    加えて、「ゲイなんて自分とは無縁、とんでもないこと!」
    という保守的な親を持つ家庭に育つ子供の慟哭も同じでした。

    かの有名な米国のテレビ局、CNNのアンカーマンである
    アンダーソン・クーパー氏がカミングアオウトしたのに
    対し「それがどうした?!」との反応があっても、カナダ
    のミス・ユニバースのコンペティションに性転換をした人
    が出場する時代でも、カナダの世論では
    2/3が同性婚を
    サポートするという時代になっても、いまだに頑なな思い
    から抜け出せない人がいるのだと思ったものでした。

    こう書けば「同じ靴を履かない限りその痛みは分から
    ない!」と言われることは覚悟しています。しかし、
    生きとし生ける人間で『苦悩』と無縁の人がこの世に
    いるのかと私はいつも思うのです。
                                                   







    | - | 03:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://blog2.keikomiyamatsu.com/trackback/22