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寄稿文 カナダ - 日本

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都会もんの憧れの地「隠岐の島」、三度(みたび)の旅
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      トロントの女性グループ発行のエッセー集「華やぎ」

                   2012年10月発行

     

          華やぎ                          

    日本海に面した島根県の沖合70キロに浮かぶ離島
    「隠岐諸島」なる場所を知ったのは、かれこれ
    20年余り前になるだろうか。

    初夏のある日、山口出身のSさんの肝いりで、
    当時ハーモニー・インターナショナル・クラブ
    の会員だった何人かが、島根県から来られた
    研修グループ「女性の翼」の方たちと
    ミーティングを持った。

    会がどう進行し、どんな話をしたかはすっか
    り忘れたが、隣に座った同年輩の
    Nさんは、
    隠岐の島という所からはるばるいらした幼稚園
    の園長さんだということを知った。

    人の出会いとは本当に不思議なもの。たまたま
    隣席だったことでおしゃべりに花が咲き、妙に
    気が合ったのを覚えている。そして最後に「い
    つか私の住む隠岐の島に是非いらして下さい!」
    と、社交辞令ともつかぬお誘いを受けた。

    何しろ未知の場所を訪ね、見聞を広げるのが大好き
    な私のこと。翌年夏の訪日の折りに私はさっそく島
    を訪ねたのである。

    「沢山の人に声をかけるけど、大体は『いつか必ず!』
    と言うだけでほとんどの人は来ない」という。それが
    地球の反対側のカナダから、「約束通り」出かけたため
    、私のフットワークの軽さに
    Nさんは正直驚いたようだ。

    Nさんがお連れ下さった島巡りのドライブの折に見た、
    大波のうねりのように揺れ動く黄色い稲穂、浜辺に干
    してある海草類が運ぶ磯の匂い、そして何より素朴な
    島の住民たち・・・。

    横浜生れ、横浜育ちの「都会もん」は、この日本の
    原風景のような景色に涙が出るほど心が洗われ、
    すっかり島に魅了されてしまったのだ。

    それからほぼ10年後、私は実母の生い立ちを書いた
    処女作「カナダ生き生き老い暮らし」を出版した。
    それを知った彼女が、「私の住む町の町立記念日に、
    あなたの講演とクラシック音楽の演奏会を計画して
    いるんだけど来てくれる?」と誘われ、もちろん二つ
    返事で承諾した。

    詳細のやり取りの途中でNYでの「911」の大事件が
    あったため、運営委員たちはカナダから本当に
    “飛行機”でやって来るかと心配したようだが、
    私は嬉々として再度訪島したのである。

    講演会では、母が67
    歳でカナダに移住し、22年間
    トロントでシニア生活を満喫した後日本に帰国した
    その生き方を、カナダと言う国の有様と絡めてまとめ、
    また
    Nさんの友人で、東京で活躍するバイオリンと
    チェロ奏者カップルの、クラッシック演奏とを
    ジョイントさせての楽しい夕べとなったのである。

    華やぎ

    それから今年で11年の歳月が流れた。

    その間いつも私の脳裏には、風に波打つ稲穂とその向うに
    広がる群青色の日本海の海の色との美しいコントラストが
    離れず、「いつか、いつか、いつか、あの島でしばらく
    生活してみたい・・・」という溢れる想いがつのっていった。

    そして今秋、私は三度目の訪島を試みた。

    今度は見果てぬ夢を現(うつつ)にするための狭間は何か
    をしっかりと見て、そのギャップをどの様に埋めるかを
    しっかりと見てこようと決心したのである。
     
    華やぎ

    (華やぎ)

    島の美しい意風景

    ()

    さて、長〜い話しを最小限に要約すると、その下見の
    途中で、
    12月に島の高校の英語教師が入院するに当たり
    、サブとして一ヶ月教鞭を執って欲しいという話が持ち
    上がった。

    英語教師の免許は持たない私だが、面会した町長さんは
    「一ヶ月ほどのことなのでそれは心配いらない。貴女の
    ような方に来て頂いて、若い学生たちに刺激を与えて欲
    しい!」となったのである。


    山内道雄海士町町長と

    が、残念ながら結果は、予算の関係か実現の運びには
    至らなかった。

    この降って沸いたような話は
    Nさんの島である「島後」
    ではなく、
    4つほどの小さな島から成り立っている
    「島前」と呼ばれる島の、人気絶大の町長がいる
    「海士(あま)」という町での
    出来事である。

    ()


    海士町の標語。いろいろな意味に取れて面白い


    島の若者や島民との更なる交流、冬の隠岐での生活体験
    ・・・等々が実現できなかったのは心残りだが、
    さりとて私の「惚れこんで、隠岐へ」の想いが断ち切れた
    わけではない。

    華やぎ
    島前で取れる牡蠣。その美味な事!

    華やぎ
    島で取れる塩



    事実、島に魅せられたかなりの数のやる気充分な若者が、
    「ユー・ターン
    (You turn)」「アイ・ターン (I turn)」と
    称する島を挙げての後押しプログラムで移住している。

    人は勢いに乗って一気に動く時には動くもの。この三度目
    の旅の結果はいつどのような形で出るのだろうか・・・。
    今その予測をするのは難しいが、運気が熟するのを待ちたい
    と思う。

    華やぎ
    美しい島前の夕日








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