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寄稿文 カナダ - 日本

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カナダ国内移住体験記(3)トロント市からBC州ビクトリア市へ
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    トロント市からBC 州ビクトリア市へ・・・
    大陸横断引っ越し、運送屋との交渉力は必須


    ひとまず借家に
    インターネットが便利だとはいえ、ネットに載る写真と
    実物が違うのはよくあることです。
    家の場合、パスポートの写真と真反対で、ネットでは写真
    の方が本物より良く見えることが多いのです。どの写真を
    載せるかは売る人の裁量ですが、買い手は「もうちょっと
    ここが見たい」と思っても十分でないこともままあります。
     

    夫が昨年の秋2カ月余りビクトリアに滞在したことに加
    え、この街には夫の末の弟の家族がいるため、地域の情
    報を得るのに大いに助かったのですが、ここまで来て私
    たちはしばらく借家住まいをしようと方向転換しました。

    というのは、トロントのコンドミニアムを買う約束をし
    て下さったご夫婦が、まず自分たちの持ち家の大掛かり
    なリノベーションを終えてから売りに出し、その状況次第
    Closing Date(家の引き渡し日)を決めたいとの希望が
    あったのです。
     

    もちろんそれは十分に理解できました。私たちは転勤など
    で移動するのと違い、決められた日時までに到着しなけれ
    ばという制約はなく、柔軟性を持たせることに問題はあり
    ませんでした。


    加えて、私にとってはまだ地理も不確かな街なのに、即
    「終の棲家」(ついのすみか)を購入することに躊躇
    (ちゅうちょ)する気持ちがありました。
    ただ、ビクトリアはバケーション地として夏に人気が集中
    するため、春から貸し借りのビジネスが開始されるので早
    めに物件を押さえる必要はあったのです。
     

    移住記(3)
    トロント周辺では目にしない「キャンセル待ち」の
           貸しアパート看板(ビクトリア市内)
     

    クルクルと変わる方向転換でしたが、最近は「KIJIJI」など
    というインターネットサイトが人気で、キャンピングカー、
    自転車、家具類から売家や賃貸の物件まで多くの情報が日
    に日に発信されます。
    中には年季の入った「ウールの毛布一枚」などというのも
    あったりで驚かされます。


    でも、こうしたサイトは中間のエージェントがいないため、
    広告主に直接メールし、お互いに合意すればセールスタック
    スなしに商売が成り立ちます(すべての物ではありません)

    どんな物でも「これはいい!」と思うものは、多くの人が気
    に入るため、広告はサイトからすぐに消えます。
     

    しかし、来る日も来る日も賃貸の物件を探し、「多分、
    ごろから借りたいのですが・・・」と曖昧(あいまい)な言
    い方をしながら詳細を聞き出す作業は決して楽ではなく、
    大いなる忍耐と努力が必要でした。


    その結果、ビクトリアから車で340分ほどの郊外に、リース
    がなく、おまけに当面必要のない荷物を保管できる車庫があ
    り、車はドライブウエーに停められるという家が見つかりま
    した。
     

    大家さんは、当然ながら、すぐに「引っ越しはいつですか」
    と聞くのですが、それには即答出来ないでいたところ、トロ
    ントのコンドミニアムの買い手の人たちが
    Closing Date が予
    定より1カ月早くても
    OKということが分かりました。
    売る方も買う方も、まるでお互いに綱渡りをしているような
    神経戦の連続でした。


    しかし、「ビクトリアのダウンタウンから車で340分」と
    いうのが、一体、どんな環境の所なのか、夫が口角泡を飛
    ばして説明してくれても、正直、私にはピンと来なかった
    のです。でも、後になって、これがやはり私の最大の不満
    となることをその時はまだ知りませんでした。


    州を越えての引っ越し
    こうして借家は5月分の家賃を払って確保したものの、我々
    自身が到着する日は未定でした。その理由は、2人で大陸横
    断の引っ越しをするという経験は、多分、これが最初で最後
    であろうと予想し、トロントから自分たちの車でアメリカ経
    由で移動しようと決めていたからです。


    私は日本から移住してきた際に、バンクーバーから横断鉄道
    を利用してトロントに到着した経験があり、また夫もカナ
    ディアン・ルートはロッキー山脈周辺以外は余り面白くない
    こと十分っていました。
     

    そこでアメリカにはカナダ側の国境の町、オンタリオ州
    Sarniaから入ることに決め、大まかなキロ数をはじき出し、
    一日に走行可能な距離で割ると最低でも
    10日くらいは掛かる
    と計算しました。

    となると、諸事情で引っ越し荷物を送り出すのを5月半ば
    と決めた場合、到着は
    2325日辺りということになるので
    はと予測したのです。
    この計算をする頃には「ああ、やっと具体的に『引っ越し』
    という現実が身近になった・・・」という気持ちが沸き起こ
    りました。
     


    移住記(3)
    後に計画通り Sarnia 経由でアメリカに入った時の国境検問所 

    しかし、ここに来るまでには「運送屋との交渉」という
    大きな仕事がありましたが、これも一つ頭の痛い通過作業
    で、大陸横断ともなると知らなければならない詳細事項
    が幾つもあります。


    近距離の引っ越しなら小物類などは自分たちで徐々に運ぶ
    ことも可能ですが、ビクトリアまでとなれば問題はまった
    く別で、パーソナルなもの以外は業者に頼むことになるわ
    けです。
     

    まずは2、3の業者に当たり、住居のサイズ、家具類の説
    明、引っ越しの希望日時などを電話で説明すると、下見に
    来て、その後、大体の見積もりを送ってきます。
    業者は必ず値段を吹っかけて来ますから、言い値で即
    OK
    を出しては向こうの思うつぼ。


    でもビクトリアとなればフェリーに大型トラックを乗せ
    て海峡を渡るわけで、曜日(または季節)によって値段
    も異なり、その他の細々とした決まり事などを聞き、あ
    れこれのやり取りをするには、かなりの交渉力が必須と
    なるわけです。
     

    値段は大陸横断のような遠距離の場合は重量で決まりま
    す。
    もちろん転勤などで「引っ越し代は会社持ち」の立場な
    ら経費など気にしなくても済むわけで、大変な経費を払っ
    てトラック一台と運転手を雇うことも当然ながら出来ます。

    しかし、普通はそのようなことをする人はほとんどいない
    ようで、一般の人なら不要な出費はなるべく控えたいと
    思うのは人情ですから、同じような方法を取るわけです。
     


    となると、運送会社は同じ西方向に運ぶ荷物のオーダー
    が大型のトレーラーいっぱいになるまで待つのです。そ
    の待機の間、荷物は会社の倉庫に一時預かりといった手
    段を取るため、いつトロントを出発するかについては
    即答を避けます。

    加えて、例えばカルガリーまでは運んでも、それ以西に
    大型トレーラーに満載できるほどの荷がない時は、そこで
    またしばらく待機することもあるのです。
    小さな島国日本では全く考えられない引っ越し事情です。
     

    いろいろなことが煩雑(はんざつ)になって疲れが極限
    になると、「もう家具はすべて売って向こうで買おう!」
    などと夫婦して何度も短気を起こしました。
    しかし、これは「言うは易し、行うは難し」で、時間のあ
    る時なら別ですが、更なる疲労を生むだけなのです。
     

    パッキングを始めた当初は、キッチン、リビングルーム、
    ベッドルーム、衣類、各種陶器類・・・など、引っ越し
    した人は誰でも経験するように、箱にきちんと仕分けして
    ラベルを貼るなど神経を使いました。
    しかし最終段階を迎えた頃には、手近にある小物類で隙間
    を埋めたため、「こんな物、必要かな?」と思うものまで
    次々と詰め込みました。

    その時、2人で決めたことは、家具に限らずビクトリア
    に着いたら「何でこんな物を持って来たの?!」と思って
    も、そのことでブツクサは言わないということでした。
     



    移住記(3)
    この道40年というチャーリー、仕事の速いこと! 

    自分たちが大切にしていた食器やガラス類は運送屋に頼
    みましたが、それは見事に手際よくパッキングしてくれて、
    さすがにプロフェッショナルだと感心したものです。
     


    トロントの友人たちに別れを告げる
    こうした引っ越し準備の合間には、40年余りのトロント
    生活に別れを告げることで、多くの友人たちがフェアウエル
    ・パーティーを開いてくれました。

    関わっていたグループとのお別れには、豪華な日本・中華
    料理店での送別会があったり、料理持ち寄りポットラック
    のほのぼの送別会があったり、手のこもった家庭料理でお別
    れを演出してくれたり、また個人的にもランチやディナー
    をご一緒したり・・・とその数
    20数回にもなりました。 



    日本語教育に熱心な某日本企業で数年にわたり教えた生徒たち
                       とのフェアウエル
     

    でも最後には時間がどうしても取れず、お誘いをお断り
    した人も何人かいて、心の疼(うず)く思いを何度も味
    わいました。


    しかし、余りの忙しさで「慣れ親しんだトロントや友人
    たちに別れを告げる・・・」というセンチメンタルな思い
    を感じる暇は一切ないうちに、さて、いよいよ出発の朝
    を迎えたのです。
     

    移住記(3)
    4トンの荷物の出荷 


    ▲あそこもここも、とうとう空(から)になったコンドミニアム 

    4トンの引っ越し荷物が運送屋の中型トラックによって
    彼らの倉庫に運ばれるのを見届け、見送りに来てくれた
    友人たちの「最後にランチをご一緒に!」というお誘い
    も、残念ながらお断りし、一方、手作りのおにぎりや
    スナックに厚くお礼を言っての出発でした。
     



    出発の日、花盛りの近所の木蓮のピンクが目に染みるようでした 

    トロントの街を横断する際の渋滞を避けるため、お昼前
    にはという計画通り、一路
    5000キロ余の車の旅に出たのは、
    5月
    14日午前1122分でした。 



                    ・・・つづく







     
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