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寄稿文 カナダ - 日本

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書評「コーラス・オブ・マッシュルーム」(Chorus of Mushrooms)
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    【書評】

     アルバータ南部に移住した日本人家族の物語
      「コーラス・オブ・マッシュルーム」
        (
    Chorus of Mushrooms
      ヒロミ・ゴトー著、増谷松樹訳(彩流社)
    http://www.e-nikka.ca/img_base/10pic.gif


    マジック・リアリズム技法
     今年、日本の彩流社から出版された日系カナダ人二世の
    ヒロミ・ゴトー著、増谷松樹訳「コーラス・オブ・マッシュ
    ルーム」が話題となっている。

     数ある小説の中には、多くの登場人物が幾重にも入り組むも
    のも少なくない。
     だが「コーラス・オブ・マッシュルーム」は、何人かの限られた
    人物によって話が進められていく。
     

    書評 コーラス
    ヒロミ・ゴトー氏 

     物語を織り成す主な人々は、年配になってから娘夫婦と共に
    日本からアルバータ州のナントンという小さな田舎町に移住し
    20年になる85歳のナオエ(清川直恵)、娘夫婦のケイコと夫
    シンジ、その夫婦の娘であるムラサキ(英語名=ミュリエル)
    と彼女のボーイフレンドである。もちろんそこには彼らに絡
    む友人や知人たち、経営するマシュルーム工場で働く
    人々、町中の人々も重なりあう。
     

     だが、これは単なる日本人の移住物語ではないため、筋書き
    を確実に理解するにはしっかりと読み込む必要がある。

    何故なら、文章がいわゆる「マジック・リアリズム」の手法を
    用いて書かれているからだ。ちょうど村上春樹の短編集、
    例えば「かえるくん、東京を救う」「神の子どもたちはみな
    踊る」などを彷彿(ほうふつ)させる。
     

     つまり、日常にあるものが日常にないものと融合した表現
    技法が屈指されているのである。

     また登場人物が一つ以上の名前を持っていたりするため、
    作品構成ばかりではなく、内容が非常に謎(なぞ)に満ちて
    いる。

     平易に物語を理解しようとする読者は完全に拒絶されるが、
    反面、それゆえに次に何が起こるか興味が湧くのである。
     


    「コーラス・オブ・マッシュルーム」の表紙 

     原文の英語本「Chorus of Mushrooms」では、ローマ字で長々
    と書かれている日本語(その個所の英語の説明はない)が
    そこここ引用されている。

     日系作家は日本語の単語や短文を文中に使うことに特徴があ
    るが、本書では長文が多数出現し、それを訳者はカタカナで
    表現している。


     加えて、手書きの文字、新聞記事、葉書(はがき)までもが
    挿入されており、言語の表現が実に幅広いことに驚く。


    mushroom
     
     それを日本語訳者(増谷松樹氏)は異なるフォント、太字、
    イタリック体、カタカナなどを用いて読者が理解しやすいよう
    に組んでいる。


    mushroom

     おかげで物語を追い易いが、翻訳者にとっては、
    さぞやチャレンジングな仕事であったろうことは容易に想像
    がつく。
     

    mushroom

    「オバアチャン」ことナオエ
     物語は本書の一番の主人公である「オバアチャン」ことナオエ
    が、娘夫婦と共にカナダにやって来た成り行きから始まる。
     彼女にとっては決して意にそった移住ではなかった上に、娘
    夫婦はカナダに同化するために家庭内でも日本語を話すことを
    拒否し、英語のみの生活を選択する。
     

     老いてなすすべもない年齢で、こんな環境にいることを余儀な
    くされれば、普通は口を閉ざしてしまうだろう。しかしナオエは
    しゃべることを選択し、周囲にはお構いなしに断固として沈黙を
    拒否し続ける。それゆえに物語は次々と展開して行くのだ。
     

     自分の生い立ち、少女時代の養蚕場での仕事、戦争中の結婚と
    離婚・・・などなど、とめどない。興味深いのは、そこに日本の
    昔話なども挿入される。だがその筋書きと結末は、従来の
    「おとぎ話」とは大きく変化し伝統的な枠組みから逸脱する。
     

     例えば一寸法師の話では、大人のサイズになった一寸法師が
    姫と共に「末永く幸せに暮らしたとさ」にはならず、傲慢
    (ごうまん)になったことに立腹した姫によって元のサイズに
    戻され、おまけに踵(かかと)で踏みつぶされる。

     また姨捨山(うばすてやま)の民話でも、命を絶つために山
    に送られたはずの老婆が逆に自由を満喫したりするのである。

     そこにはナオエを通して作家自身が類型的な形にはまること
    に抵抗し、おざなりの終結に果敢に挑もうとする力が感じられ
    る。
     

    ナオエの孫娘ムラサキ
     一方、孫娘ムラサキからは、ナオエのおしゃべりに並行して
    自分探しの物語が語られる。

     当然ながら彼女には閉鎖的な田舎町の白人社会で唯一の日系人
    として育つ苦悩がある。しかし日本語を話すことはおろか、日本
    の食料品を買うことも拒否したような頑(かたくな)な母親とは
    心通うつながりは得られず「ママの声は空っぽのバケツの中で転
    がる孤独な小さいマッシュルームのようだった」と感じながら
    成長していく。
       

     皮肉なことに日本語は話さないものの、その心の空洞を埋めた
    のは言葉の通じないオバアチャンとの交流であった。それによっ
    て否定することの出来ない自分の中の日本人としてのルーツに
    目覚めていくのである。
     

    ナオエの娘ケイコ
     物語のハイライトは、ナオエが自分の物語を語り終えた時点
    で、若く力強いヒロインに変身し、家出をしてしまうことだ。
    それはあたかも、ナオエとムラサキの象徴的な一体化を示して
    いるように見える。

     だがこの事件に娘のケイコは打ちのめされ精神衰弱になるが、
    面白いことに回復の癒やしは、ムラサキの作る日本料理のトン
    カツ・ディナーだったのだ。
     

     家族という形を保ちながらも、お互いに理解することが出来な
    かった過去。だが和解することによって、ナオエとケイコ、ケイ
    コとムラサキ、加えて父親シンジとムラサキなどそれぞれの関係
    にある種の光明が見えて来るかに見える。
     

     おそらく読者は物語のベースは、ゴトー氏の家族と思うだろう
    が、ゴトー氏自身は本書の冒頭で「この個人的な神話を語り直す
    にあたって、祖母の実際の人生について自由に変更を加えました。

     この小説は、過去にあった『事実』から出発して、現代の民話
    伝説の領域に到達することを目指しました。ですからこの作品は
    創作と考えてください」と前置きしている。
     

     物語の中で何度も示唆しているのは、「読み手は語り手」で
    あるという視点。つまり物語は聞くだけでなく、語りなおして
    こそ意味があるとし、「あなたは物語を変えることができる」
    と記して本書は終わる。



     読者はそれぞれの立場からいかようにも物語を読み、それを
    自分の中で膨らませることが出来るということだろう。
     

    日系カナダ人作家の活躍
     私はゴトー氏の処女作であるこの作品(1994年)以外は読ん
    でいないものの、一時期多かった戦時下に強制収容所に送られた
    日系人の苦難の物語や、その過去と向き合う補償問題をテーマに
    した読み物とはまったく違った、カナダ生まれの、あるいは、
    日本生まれながら幼い時からカナダで育った日系作家が台頭して
    いることを感じる。
     

     しかし、どうあがいても日本人の血を受け継いでいるという
    点から逃れられないのであれば、マジック・リアリストと呼ば
    れる彼らが、その特有なバックグラウンドゆえに生み出す新た
    な道がこれからも大いに拓(ひら)けることを期待したい。
     

    ***************************** 

    「コーラス・オブ・マッシュルーム」(Chorus of Mushrooms
    ヒロミ・ゴトー著、増谷松樹訳(彩流社)
    2,800  

    ***************************** 

    ヒロミ・ゴトー
     1966年千葉県生まれ。3歳になる直前に家族と共にカナダに
    移住。カルガリー大学英文科卒。バンクーバー在住。
    1994
    カナダで生きる日系人家族を描いた本作「コーラス・オブ・
    マッシュルーム」によって作家デビューし、コモンウェルス処女
    作賞および日加文学賞を受賞。
     第2作「
    The Kappa Child」(2001)でジェイムズ・ティプト
    リー・ジュニア賞、ヤングアダルト小説「
    Half World」では、
    サンバースト賞、カール・ブランドン・ソサエティ・パラレッ
    クス賞をそれぞれ受賞している。
     ほかにも児童向け作品、短編集、詩集などの刊行物多数。
    現在は創作インストラクター、ワークショップなどでも活躍。
    作品は若い世代に人気があり、仏語、伊語、ヘブライ語、
    トルコ語などに翻訳されている。
     

    訳者 増谷松樹
     翻訳家。1946年横浜生まれ。慶應義塾大学仏文科卒。1976年カナ
    ダに移住。詩人の故ロイ・キヨオカ氏を通じて多くの日系カナダ
    人作家、アーティストと交流する。
     キヨオカ氏の「カナダに渡った侍の娘
    ある日系一世の回想」
    2002)(草思社)をはじめ、日系カナダ人の和文文献、「日系
    人所有漁船処分顛末覚書」(木村岸三著)などの英訳などの仕事
    も手がけている。
     





     
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