SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

02
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
--
>>
<<
--

寄稿文 カナダ - 日本

<< 温暖の地に築く「Tent City」 〜BC州・ビクトリア市のホームレス問題 〜 | main | 作家 津島佑子さんの思い出 >>
日本の国技 相撲
0


    メールマガジン「ビクトリア見聞録」 3月27日号


     



    読者の中には日本の相撲がこよなく好きと言う人も多いかもしれない。近年はテクノロジーの発達によって、海外在住でも年6回の取り組みを楽しむことなど分けもないことである。

    私はいわゆる「相撲ファン」などではないものの、今場所は誰が優勝したくらいの情報は得ている。

    若い頃は、あの太った身体を目にするのがとても不快で、頭では歴史のある国技だということは知っていたが、世間で言う人間味が出る技の素晴らしさなどに目を向ける気など更々なかった。


    だが外国住まいが長くなるに従って、日本のこうした催し物に「懐かしい・・・」と言う気持ちが湧き食わず嫌いは良くないと思うようになった。

    そう思ってたまに目を向けると「なるほど、あんな技があるのか」とか「あの力士の技はお粗末だな」と素人の私でも段々と分かってきたから不思議である。


    力士はどこの国の出身でも四股名は日本名であるため、通でない限り同じアジア系の場合などは、顔を見ただけでは日本人力士かどうかまったく分からない。

    今や外国出身の力士など何も珍しくないが、戦後初の外国人力士は64年に初土俵を踏んだ高見山(ハワイ出身)でジェッシーという愛称で呼ばれていた。大きな身体にしゃがれ声、加えて米国人らしい陽気さで人気があったのを覚えている。

    中にはカナダ出身の力士もいたようで、85年の九州場所で初めて土俵を踏んだ琴天山と言う人が記録にある。だが彼は相撲界にどうしても馴染めず、プロレスラーに転身したが42歳の若さで病死したそうだ。

    その後は、30年振りに去年白人力士(ビクトリア出身)がニュースになり、当地の新聞Times Colonistでも採り上げられた19才のブロディ・ハンダーソン力士が記憶に新しい。金髪でイケメンと騒がれているようだが、その内にビクトリア在住の両親に会い、また次の訪日の際には本人を是非インタビューしてみたいと思っている。

    今はモンゴル出身が外国人力士の中で一番多く26人にも上り、日本の伝統競技はすっかり外国人力士がその担い手になった感がある。実際の優勝歴を見ると、2006年以来モンゴル勢が19回、ブルガリア出身の琴欧州が一回優勝しているのである。

    そんな中、今年3月の春場所では、大関琴奨菊が10年ぶりに日本人力士として優勝を果たした。だがその際メディアが余りにも「日本出身を前面に出し過ぎる」と批判され、違和感を感じた人は多かったようだ。

    「世間では国際化、国際化を叫ぶくせに・・・」と私もその反応にニンマリし、そう感じる人がもっと増えればいいのにと思ったものだ。


    もちろんこれは、相撲は日本古来の文化という思いが日本人には根強くあり、今でも外国人力士を脇役(お飾り)と考える人が多勢を締めるからではないかと思う。

    だが今は、モンゴル出身者を筆頭に11カ国から39人の力士がしのぎを削る時代である。日本人も外国人も分け隔てなく戦えるスポーツに変身しなければ、相撲界の将来はないのではあるまいか。

    ちなみに私は軽量で小柄ながら、真っ向から勝負を挑むモンゴル出身の日馬富士が好きである。





     

    | - | 02:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://blog2.keikomiyamatsu.com/trackback/58