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寄稿文 カナダ - 日本

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「死」と向き会うということ
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    第二次大戦後に生まれたベビーブーマー(団塊の世代)が社会の一線から退き、退職期に入っているのは世界的傾向でカナダも例外ではない。

    以前にもこの欄で書いたが、ビクトリアのシニア率(2011年国勢調査)は18.4%で全国平均の14.8%より上である。(今年はまた国勢調査年のため数字が更新されるだろう)

    過日そのシニアの多い町に「日本看取り士会」という組織の会長と、その一向が来て講演会を行った。この分野に私には全く予備知識がなかったが、漢字から察するに人生の最後、つまり死に直面する人々と向き合う仕事であろうとは容易に想像出来た。そして連鎖的に思い出したのが、以前観た本木雅弘、広末涼子主演の『おくりびと』という映画であった。

    私は物書きと言う仕事柄、知らないことは自分の目と耳、時には感触によって確かめないと気がすまない。と言うことで、「おくりびと」と「看取り士」とはどう違うのかを知るためにも講演会に出席した。


    看取り

    会長の柴田句美子さんは外国への出張講演は初めてとの事であったが、自身のバックグランドに始まり、何故この道に深く関わるようになったかの経緯、活動の紹介、看取り士になるための仕組み等を、ビデオ(途中でダウンしてしまったが)を使って話された。

    全く新たな職域ではあるが、彼女が数年前に立ち上げた「一般社団法人日本看取り士会」の養成講座を受け「看取り士」の資格を持っている人は今150人ほどいるとのこと。

    今回ビクトリアに足を伸ばしたのは、当地に住むある日本女性の積極的な働きかけがあってのことだが、講演の次の日からは、日本から会長と共に随行して来た
    12人が、当地の希望者2人と共に数日の講座を受けるためであった。

    予定の講座に参加するなら、いっそのことこの機を利用して目先の変わったビクトリアで・・・、となったようだが、講座費用、旅費、滞在費を含めれば決してお安い額とは言いがたいであろう。しかしそれでもこれほどの人数が集まるのは、やはりこれからは益々需要のある領域と言えるからと推測する。

    柴田さんの著書によると、日本における年間死亡率は現在110万人、団塊世代が加わることで将来は160180万人になると言われているそうだ。

    さてそれでは「おくりびと」と「看取り士」との違いは何か?

    「おくりびと」は亡くなった死体そのものに死化粧をし納棺し・・、と言った一連の作業があるが、一方「看取り士」は亡くなる人と生前に向き合い、抱きしめてその人の思いや愛やパワーを受け止め、残された人に受け渡すことだと言う。

    となると、立場に相違はあるものの、妊婦が病院での出産を望まない場合、お産婆さんの手を借りて自宅で産むのとどこか似ている気がする。


    だが、出来れば日常生活の中で人が直視を避けたい『死』と言う問題に向き合うということは、「仕事」とだけでは決して割り切れないもっと深遠な人の心の襞に触れることを要求される。それが出来る強靭な精神性も必要となる。

    しかし正直言って私は、柴田さんの講演が始まった時内心かなり戸惑った。というのは、彼女の終始一貫ニコニコしてよどみなく話す様が、まるで信者を獲得する新興宗教の教祖のように見え、ひどく違和感を覚えたからだ。


    看取り

    もちろん仏頂面した人から『死』の話を聞きたいと思う人はいない。日常の中のグレーの部分を話すことに、経験を積んだ彼女にはすでに抵抗がないのであろうし、幾つもの体験を乗り越えてきたからこその笑顔なのかもしれないとは思うが・・・。

    さて、言葉も習慣も違うこの国で日本と同じ作法が通用するかの疑問はあるが、一方このコンセプトが西欧社会ならではの独自の方向に波及することも考えられるなくはないだろう、とそんな感想を持った。
     

     


     

    | - | 05:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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