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寄稿文 カナダ - 日本

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美しい桜の背後にある日系カナダ人の悲史
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    ブリティッシュ・コロンビア州のビクトリアは、地理的に日本から一番近いため、当国に最初に来たパイオニアたちは、まずこの地に第一歩を踏んでいる。

     

    歴史を遡るとすでに140年も前のことになる。

     

    桜

    昔とは大変に異なる現在のビクトリア・ハーバーだが、写真婚の花嫁たちはまずここに到着した

    日系二世

    当時は一旗揚げて日本に帰る者や、またアメリカに渡る足掛かりの地として来た者もいたが、一方日本から花嫁を迎え定住した者も多かった。

     

    生来が真面目な日本人は、事業に成功し、家族と共に当地に根を張って行ったのである。

     

    ところが先の大戦が勃発するや、それまでの努力は水の泡と化した。

     

    カナダ政府は、1942年4月に彼らを敵国人として扱い有無を言わせず財産を没収した。

     

    その直後、バンクーバーのヘイスティング公園にあった悪臭立ち込める牛舎にまず収容し、その後、本土のロッキー山脈の麓の町々に急きょ建てたバラックまがいの幾つかの強制収容所に、一人残らず送り込んだ。

    (Wallace A. J. Smith と言う白人男性と結婚した日系二世のSally Kuwabaraのみは例外として島に残った)。

     

    それまで良き市民として生活していた人々には、晴天の霹靂であったことは言うまでもない。

     

    だがそれに先駆ける1937年春、まだ平和だった頃に行われた英自領記念日に、日系人は紙の桜でフロートを飾り、一等賞の300ドルを市から授与された。

     

    彼らはそれを返上し桜の苗木を買うように願い出た。

     

    桜

    日系人の寄付で最初に桜の苗が植えられた通りTrutch Street

     

    だが戦後彼らは諸事情で当地には戻らず、遠く離れた東部のオンタリオ州などの町々に移動し、春爛漫の花の盛りを一度も見ることなく亡くなった人も多かった。

     

    桜

    春になると至る所で見事な花を咲かせる市内の桜

     

    桜

     

    桜

    夏にみられる名残りの桜

     

    悲しい歴史を知ってか知らずか、市内の何百本もの桜はその後すくすくと育ち、今はビクトリア市の春の風物詩となっている。

     

    そんな過去を知るほどに、昔は余り気にも留めなかった桜の花を模した小物に、最近は何かと目が奪われる。日本なら安物の雑器で価値などないだろうが、どれもひどく愛おしく思われて仕方がない。

     

     

    桜

    骨董屋で見つけた桜の花の描かれた雑器

     

    (アメリカ政府の日系人に対する補償が成立したのを受け、1988年にカナダ政府も歴史の汚点を反省し、日系人への公式謝罪と犠牲者一人当り$21,000ドルの補償金を支払った)

     

     

     

     

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