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寄稿文 カナダ - 日本

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皆と同じに嫌悪感はないの?
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    ヒラリー氏

         

    日本はお正月に3日間も休めるのに、その直後には成人の日が控えており、またまた連休となる。国民休日数の極めて少ないカナダから見ると何とも羨ましい話である。

     

    その成人式だが、今年は和服レンタルの会社『はれのひ』とやらが、客の前金をドロンして雲隠れし大きなニュースになった。そのため今や成人式の制服と化している振袖を着ることが出来なかった女性が続出し、泣く泣く式への出席を取りやめた人もいたと言う。

     

    被害は4500万円にも上るそうだが、この日の晴れ姿の為には2年も前から予約を入れて60万円も払い込んでいた人もいたとか。

     

    もちろんその悪質な業者は徹底的に捜査されるべきだが、それより何より、出席する20歳の女性たちの「右にならえ」という姿勢に、毎年のことながら私は何とも居心地の悪い思いを味わうのである。

     

     

    学校の制服ではあるまいし、何故あの人もこの人も同じようにド派手な振袖を着て、白い襟巻を掛けなければならないのか。「皆と同じ」ということに居心地の悪さを感じないそのメンタリティーに私は心底驚くのである。

     

    加えて記念撮影となると、男性も女性もカメラに向けて一斉に作る「Vサイン」。「おお、止めて!」と思わず叫びたくなる光景である。

     

     

    ところで一体何時頃から「成人式=和服の晴れ着」という習慣が定着したのか。調べて見ると、第二次大戦中にぜいたく品が禁じられ、風前の灯と化した着物業界を立て直す策として、昭和30年代に成人式という行事に目を向けたのがきっかけだという。

     

     

    どうりで私が成人式を迎えたその30年代後半には、すでに着物を着て出席する女性が何人もいたのが頷ける。

     

    しかし私は自分が一番嫌悪する「皆と同じ」に我慢できなくて、その日の為にAラインの黒のワンピースにマント風のケープの付いた洋服をあつらえ、ハイヒールを履いて出席した。中には普通のスーツを着ていた女性が何人もいたのを覚えている。

     

    自分が大人の仲間入りをしたという気概のせいか式典は楽しく、エンターテインメントには、当時大変に人気のあった男性コーラスグループのデューク・エイセスが招かれ「おさななじみ」を歌ったのが忘れられない。

     

    しかしきっと日本は、今年の教訓など何処吹く風で、来年もまた娘は「着たい」親は「着せたい」の結果「晴れ着の制服」と「Vサイン」が当日のニュースを席巻することだろう。

     

    とは言え、ほんの小さな動きながら、幾つかの市町村では成人式の開催月を夏に変更したところもあると聞く。理由は、軽装での参加を呼び掛けても出席者が年々派手になるのを受けて、経済的な理由から「着られない人に配慮した」ためという。

     

    ポッと明かりが灯った感のあるニュースだが、日本の没個性の社会風潮をこうでもしなければ規制出来ないのは何とも情けない。

     

    しかしそれが我が祖国日本なのだ。
     

     

     

     

     

     

     

    | - | 13:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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