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寄稿文 カナダ - 日本

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刺青の威力
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    ヒラリー氏

     

     

    最近親しい女友だちが、左の二の腕の肩に近い部分に刺青をした。

     

    ビクトリアのダウンタウンでやったそうだが、図柄は葉をつけた赤いポピーで、その出来上がりには大いに満足していると言う。あまたある店を前もって幾つか廻って調べた結果、"ルーニー"と呼ばれるカナダの1ドル硬貨(親指の先)くらいの大きさの場合、何処も$100150と言うことが分かり、客の応対が一番良かった店を選んだそうだ。

     

     

     

    今や刺青は若者を中心としたポップカルチャーの象徴の一つ。特にBC州では、とうの昔からカナビス・カルチャーと相まって今更驚くに値しない流行である。と言え、痛い思いをするのだから、施すには誰にもそれなりの動機や理由がある筈だ。

     

    友人の場合は「自分の弱さを断ち切りたかったから」と言う。つまりその為のインセンティブが欲しかったということだ。一見すると彼女は決して「弱い」と言う感じを受ける人柄ではないが、それなりの心の葛藤がきっとあった故であろうと理解した。

     

    刺青はただ「カッコいい」からと言うばかりではなく、人によっては「心の苦しみから抜け出す一つの手段」である場合が多いとはよく知られることだ。

     

    特に女性の場合は、例えばレイプなどの悲劇のトラウマから、また兵士などは戦場での悲惨な体験から立ち直れず、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えている場合など、刺青が精神的な支えを与えると言う。

     

    一方、美容のために眉毛の薄い人が黒の刺青をする人を見ることがあるが、これは色が落ち着くまで中々時間が掛かるようで、当初はメキシコの女流画家フリーダ・カフロそっくりになる。

     

     

    また毎日眼の廻りにアイライナーを描くのが面倒、口紅を塗るのが億劫ということで、色を付けた女性を知っているが「その痛かった事と言ったら!」と述懐していた。これは刺青とは言わないのだろうか。

     

    そういえば最近日本(大阪)では、医師免許がないのに客に刺青をした30歳の男性彫り師が、医師法違反の罪にとわれていたが、大阪高裁は「タトゥーは医療を目的とする行為ではない」と判断し、一審で下した罰金15万円と賞罰を破棄して無罪にした話が多いに話題になった。

     

    もちろん裁判では、保険衛生上の問題点など各方面からも検討されたというが、今や美術的な意義や社会的風俗という実態があることを考慮し、「医師の業務とは根本的に異なる」と判断されたと言う。

     

    とは言え、まだ日本ではヤクザ映画などの影響で、刺青と言えば暴力団とオーバーラップし、負のイメージが浸透している。だが来年(ラグビー)、再来年(オリンピック)には大々的なスポーツの祭典が、また2025年には大阪万博が開催されるのに伴い、タトゥーをした多くの観光客が訪日することも容易に考えられる。それを受けて最近では温泉旅館などでも、彼等を受け入れる動きも出始めているとか。

     

    くだんの友人も彼女が日本人と分かると、タトゥーイストが「日本のホット・スプリング(温泉)に行けないよ」とニヤリとしながら目くばせしたとか。対して彼女は「もし文句を言ったら、そんな温泉には行かないから問題ない!」と返したと言う。ビクトリア在住の彼の友人で英語教師として訪日した男性が、滞在中の二年間刺青のある薬指にずっとバンドエイドをしていたという話を知って彼女をカラカったらしい。

     

    でも「一体どんな人がお客さんなの?」の質問には、「もうそれは様々でそれぞれが沢山の理由で来るよ」と言い、最高齢は93歳のおばあさんだったとか。

     

    しかしやはり年齢が上がるほどに、鈍痛からの回復には時間が掛かるということだ。

     

    〜*〜*〜

     

    記せずして11月24日付け朝日新聞は以下のような社説を掲載している:

     

    https://www.asahi.com/articles/DA3S13782909.html?ref=nmail_20181124mo

     

    〜*〜*〜

     

    私の大好きな歌人、与謝野晶子の罌粟の花にまつわる歌に以下の一句がある。

     

    女流詩人として大活躍する晶子とは裏腹に、創作に行き詰まり、庭の蟻がせっせと動き回っているいるのさえ「当てつけ」と思えるようになった鉄幹。

     

    夫婦の関係に亀裂が生じていた時、晶子は大きな屏風に筆で歌詞を書いて売るなどで資金を選出し、夫に新開地が開けることを切望しながらヨーロッパに送り出す。

     

    その後、晶子自身も鉄幹を追って欧州旅行に同行する。時は5月、仏蘭西で見た罌粟の花(コクリコ)の野辺を見て詠ったものに以下の一句がある:

     

    ああ皐月

       フランスの野は 火の色す

          君もコクリコ 我もコクリコ

     

     

    人生の諦観を詠んだこの歌も心に沁みる一句である:

     

    罌粟の花

        崩れしままを見るごとく

            悲しきことはそのままにおく

     

     

     

     

     

     

                    

     

     

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