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寄稿文 カナダ - 日本

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ビクトリア・ボンサイ(盆栽)・ソサエティ
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    ヒラリー氏

     

     

     今年の年初頭から私は「バンクーバー・アイランド・ボンサイ・ソサエティwww.victoriabonsai.bc.ca」の会員になった。まさかこのようなクラブに席を置くなどとは、以前には考えられないことだったため、今でさえ信じられない気がしてならないのである。

     

     数年前にトロントから当地に国内移住してすぐに、Art Gallery of Grater Victoriaを訪れた。入り口を入って真っすぐに伸びた廊下を進むと、裏庭に面した所に木枠で囲まれた一角があり、幾つかの盆栽が棚に置かれていた。それによってここにも盆栽を趣味とする人たちのクラブがある事を知った。

     

    galleryの裏庭にはこんな神社の模型も設置されている。寄贈された沢山のオリエンタル・アートの収集でも有名である。

     

     正直に言うと私の中の「盆栽」とは、仕事を退職したご隠居さん、つまりお年を召した主にお爺さんが時間を持て余して始める趣味・・・と言う印象しかなかったのだ。もちろん頭の中では、今や日本のみならず「BONSAI」は世界的に人気があり、コレクターも沢山いる事は知っていた。

     

     とは言え偏見であることは十分に知りながら、日本文化の中で生まれ育っていない人々が、盆栽に興味を持つなどは何か不自然に思えてならなかったのだ。

     

     そんな思いを持っていた私が、ではどうして今や月一回の例会に出るようになったかについては、それなりの理由があるのだ。

     

     私の夫は道を散策している時など、犬を連れている人や、幼な子の手を引く人々と気軽に言葉を交わし冗談を言って談笑する。私もそんな雑談の中から、土地の人々の考えや行動を垣間見ることが出来るので、決して嫌ではないため彼を急がせたりしない。

     そんなオープンな人柄だから、新開地に来ても容易に友人をつくれるものと思ったのだが、それが中々難しいのである。

     

     だが考えて見ればそれは当然のこと。普通友達作りというのは、それが何であれ同じ趣味などを持つ人たちと興味を分かち合い、何度も会う内に親しくなるものである。

     

     トロントにいた頃は軽飛行機の操縦を趣味にしていたため、それを納める格納庫さえも自分で建設したりして友達と呼べる仲間が何人もいた。

     

     ところが西海岸に移住するにあたり、幾つものエアポートで給油しつつ、湖や平原を眼下に見ながらロッキー山脈を越えて愛機を運ぶ計画には、色々な理由が重なり無理である事が分かったのだ。そんなこんなで泣く泣く全面的に操縦を諦めた過去がある。

     

     と言うことで、今は他の得意分野であるIT関連の知識を磨き各方面に興味の矛先を向けいる。ということは机に向かう時間が半端でなく、体を動かすことが極力少なくなってしまった。

     

     これが体に良いわけはなく、心配した私が思い付いたのがBONSAIクラブへの入会であった。

     もちろん鉢植えの木を前に、矯(た)めつすがめつしながらチョッキン、チョッキンとハサミを入れることが運動になるとは思わない。

     だがこれなら私も、育った文化的な背景から知識を得るのは早く、BONSAI FRINDSを作るのも可能かと単純に思ったのである。

     

     ところがこれは実に「浅はか」な考えであったことがすぐに分かった。一回目の会合に出席した後の夫は大変なご立腹(!)。「自然に自由に伸びようとする根や枝を、針金を使って人間の思惑通りにするなど自分は賛成できない!」とのたまったのだ。

     

     良かれと思った妻の思惑はあえかに消えてしまった。

     だが私は自分が盆栽の「盆」も分からない内に辞めるのはしゃくにさわるので、時には友人を誘ったりしながら今も会合に出席している。

     

     また今冬の訪日の折りには、盆栽の町として有名な埼玉県の土呂市を訪れ、一般に公開している盆栽園を幾つか見て廻ったりもした。

     

    土呂駅の正面入り口

     

    駅の近くにある「さいたま市大宮盆栽美術館」

     

    2月末という季節柄、町中は紅梅が至る所に咲き得も言われぬ香りが漂っていた。

     

    土地の人によると、女性の園主はテレビ出演が多いことで知られているとか。「清香園 せいこうえん」の入り口

     

     

    高価な盆栽を闇夜に乗じて盗む人がいるという。防止のために塀の上には有刺鉄線が張り巡らされている盆栽園もある

     

     

    盆栽と言えば確かに針金などを使って、幹や枝を自分好みに曲げたりねじったりするのは不自然だという考えもある。

     

    Victoria Bonsai clubでの講習会風景

     

    だが体の大きなカナダの会員たちが、小さな植木の型作りに夢中になっているのを見ると、何か微笑ましくも感じるのだ。

     

    時には庭に出て自分の盆栽を持ち込んで専門家からアドバイスを受ける

     

     いつもながら自分の全く知らなかった世界を知ることに興味津々な私は、新たな世界が開けた感もあり、今は「ご隠居さんの手慰み」等と思っていた自分を反省している。

     

     ところで夫はと言えば、最近お気に入りの電気自転車を近くに住む実弟と一緒に買った。本土のバンクーバー市にある自転車屋から取り寄せたのだが、買って間もなくその自転車屋と提携しているビクトリアの同業者からエクスパートの技術屋が来てチェックしてくれた。だがメカに滅法強い夫は、その専門家が驚くほどの知識があるため、ちょっとした不具合は全部自分で調整してしまう。

     

    自然の多いビクトリアには打ってつけの趣味であり何よりも良い運動になり、兄弟仲良く遠乗りを楽しんでいる。おまけに休息で木陰に休んでいると、まだ珍しい電気自転車に興味を持つ人々が寄って来るため、そんな人々と「自転車談義」に花を咲かせているようだ。

     

    〜*〜*〜*〜*〜*〜

     

    閑話休題・・・

     

    以下の写真は盆栽クラブがある植物園内に位置する「タカタ・ガーデン」と呼ばれる日本庭園の風景。数多くの盆栽がそこかしこに並んでいる。

    入り口の一角には日系人の悲話にまつわるモミジが植わっている。

     

    真珠湾攻撃で始まった第二次世界大戦後すぐに、西海岸に住む日系人達はカナダ政府によって内陸のロッキー山脈の麓に強制移動させられた。それ以前に日本人が経営していたビクトリア市郊外の「ティーガーデン」と呼ばれた公園に植わっていたモミジが、あるカナダ人の手によって彼の家の庭に移植された。

     

    戦後50余年経った1999年に、日系人を中心とした有志の寄付でビクトリア市の北に「タカタガーデン」と呼ばれる日本庭園が造られ後、2008年にそのカナダ人家族が大切に育ててくれたモミジを寄付してくれた。樹齢は100年以上と言われているが、その後も枯れることなく立派に育っている。(↓)

     

     

    庭の各所に見られる盆栽の数々

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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