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寄稿文 カナダ - 日本

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天照大御神の思い出
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    ヒラリー氏

    11月27記

     

    大嘗祭

     

     周知の通り日本は5月1日の新天皇の即位に伴い、「平成」から「令和」へと移行した。以来この半年の間、国を挙げて各種の行事が続き11月半ばの「大嘗祭」をもって一区切りがついた。

     

    テクノロジーの発達した昨今では外国住まいでも、日本と同時進行でこうした数々のイベントを見ることが出来た。

     10月には国内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が行われ、170以上の国と地域から要人が参列。

     

     華やかな「饗宴の儀」が幾度となく開かれ、11月に入ってからは、「祝賀御列の儀」と呼ばれるパレードが皇居から赤坂御所まで走行し、沿道には11万9千人が集まったという。

     

     

     今や「自然災害大国」の汚名を着せられても不思議ではない日本は、この時期次々と台風が襲い各地に災害をもたらした。そうした犠牲者に配慮し、予定のパレードを3週間伸ばしたのは、折に触れ「国民と共に」と言われる両陛下らしい決断と取られたようだ。

     

     そして一連の行事の最後に、一代の天皇が一回のみ行うという「大嘗祭」と呼ばれる‟神道の行事”が、11月4日の夜中から未明にかけて数時間執り行なわれた。

     

     

     日本は神道が国の宗教と定められている分けではないため、この神事に国費を使う事に異論はあるが、政府が「公的性格」があると強調したことで恙なく終えた。

     

     部分的に多少の違いはあっても、基本的に平成天皇のやり方を踏襲した様だが、驚くのは僅か数時間のために総額27億円(!)もの税金が使われたことだ。おまけに神事は密室で行われた為、国民はその成り行きを目にすることは叶わなかった。

     

     

     国民を思いやり、パレードの延期を考慮した両陛下の人となりとは何やら反比例するようだが、落差を感じた人はいなかったのだろうか。

     

     これについては弟の秋篠宮(当時)が去年の誕生日会見で、宗教色の強い大嘗祭への公費支出をめぐって意見を述べられたが、国民を巻き込む大議論にはならなかったのが残念である。

     

    去年6月ハワイで行われた日系人大会にご出席の秋篠宮殿下(当時)

     

     だが某調査によると、この意見に対し「賛成2286、反対179、どちらでもない33」という結果も出ている。

     

     この神事を行う意義は、『国家、国民の安寧と五穀豊穣を、天照大神及び天神地祇に感謝し祈念する』ためという。

     

     供される供物は、今年収穫された米、果物、乾物、魚などが全国から集められ、天皇陛下は、まさか生き返った分けではない天照大神やその他の神々と共にそれ等を供されたと報告されている。

     

     歴史を顧みればこの儀式が定まったのは7世紀というから、すでに1400年もの長きに渡って行われていることになる。

     

     となれば一朝一夕の変化を期待するのは困難だが、側室を排除し、二代に渡って民間から嫁いだ女性が皇后になり、雅子皇后を娘の愛子さまは「ママ」と呼ぶとか言われる時代。

     

     まだまだ過去の幾つもの自然災害によって、経済的、精神的後遺症に苦しみ、立ち上がれずにいる人たちが山のようにいる中、一夜の神事の為に27憶円もの税金を使うことには何ともスッキリしない思いを感じる。

     

     熟慮の末に、排除すべきものは排除する柔軟な姿勢があるべきで、それによって更なる国民の支持が得られるのではあるまいか。

     

    学芸会での天照大御神

     

     日本の神社に行けば何処にでも祀られている、と言っても過言ではない日本神話の主神の天照大御神。私は個人的にこの大御神に関し面白い体験をしている。

     

     それは小学四年生の時に起こった懐かしい出来事である。その頃小学校では「学芸会」という年一回の行事があり父兄に披露した。

     

     この年の四年生は、古事記にある太陽神の天照大御神と弟のスサノオノミコトにまつわる話を上演することになった。

     

     これはスサノオが居住地の高天原で数々の狼藉を働いため、姉は立腹し天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまった。

     

     太陽を失ったため世の中は闇夜になり様々な禍が生じた。多くの神々は困り果て、工夫を凝らし岩戸から天照大御神を導き出したため、再び世の中は明るくなり、スサノオは高天原から追放された、という神話である。

     

     天照大御神が女性であることを知った私は、どうしてもこの役をやりたかったのだ。そこで多数決で配役を決める前日に私は一人職員室に行き、如何にこの役をやりたいかを担任に語ったのである。

     

     翌朝のホームルームでは、主役をやりたいと私が名乗り出た事や、その理由を担任が紹介し「異議のある者は手を挙げよ」と聞いてくれた。

     

    天照大御神を演じた筆者(中央右)

     

     結果は誰の反対もなかったことで、私はこの役を貰ったのだが、当時の皇帝と共に夕食を食べたという話しは含まれていなかったのが、今思うと何とも残念である。

     

     

     

     

     

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